最上謀略学校 卒業旅行(二)
五月、鮭延秀綱と千早の祝言がぶじ終わった。
千早を義光の縁者というあつかいとしたためもあってか、秀綱は良縁にめぐまれたと家中から賞賛のまなざしを向けられた。
その夜、義光は氏家守棟と宴の余韻にひたりつつ、飲み足りぬ酒をあおっていた。氏家守棟も千早の少女時代を知っているだけに、ふたりとも目を細めて思い出話にひたっている。外はすでに暗く雨がふりしきっている。
「雲があつく、雨が多い夜か。初夜にはいいことじゃないか」
義光は雨音にふと耳を澄ました。
「左様ですな、似合いの夫婦でめでたいことです」
「小さな千早もあんなに大きくなって嫁入りだとはなあ、私も歳を取るはずだ。娘たちもあっという間に大きくなって嫁に行くのかと思うと……」
義光はちょっと目を赤くした。
「いい相手に嫁ぐのであればいい、秀綱が相手で本当によかった」
義光がそう言うのを耳にして、守棟の動きがぴたりと止まった。彼は咳払いしてから言う。
「ああそういえば、確かめたいことがありましてな」
「おお、何だ」
「秀綱の行為は最上家中の掟、好色禁制には触れませぬか。私婚が増えては家中まとまりがつかなくなりましょうぞ。それとも何か狙いがあって千早と秀綱がこうなるように仕向けたのですか」
「狙いだと」
義光は首をひねった。
「ええ、つまりこうです。秀綱は今後小野寺方面の調略を行うことになります。しかしこの役目を負うものは危険でもある。彼自身の危険もさることながら、かえって敵にさとられ丸め込まれるやもしれませぬ。だが、千早のような妻がいればそうした動きを察知できる。千早は妻であって草でもある、そういう役目を負ってはおるまいか、と。それに千早を殿の縁者として嫁がせれば、外様の秀綱は恩義を感じるのはむろんのこと、譜代に準じる扱いになったとも言えるわけです。最上家中での地位もあがりますしな」
義光ははっとした顔になって、腕組みをした。
「なるほど、そういう考えもできるな。しかし守棟、これはちがうのだ。あれはどちらも大人の男と女だ、鳥じゃあるまいし同じ籠に放り込めばつがいになるわけじゃない。ああして夫婦になったのは、私の力以上に当人同士の縁や月下氷人の思し召しだよ――だが確かに、今回の縁談はおまえが申した通りの結果も得られる」
義光は杯を干し、笑った。
「ははッ、だがそれ以上に明確な狙いがあるとすれば、我が家の寛大さを見せつけるところだ。家中法度は厳格であるべきだが、その運用はあくまでも柔軟でなければならん。好色といっても強姦と未婚者同士の恋愛を一緒にはできない。私婚も時と場合を吟味してから判断せねば。
そもそもだ。人が人に心惹かれるのを罪と言うならば、それを負わぬ者がどこにいる? 男女の淫楽は互いの臭骸を抱くものぞ、とほざく奴を信用できるか? 涅槃の境地は愛欲にあるかどうかはわからんが、愛染明王もまた真実をついていると私は時に思う」
守棟はふんふんとうなずいていたが、やがて息を吐いた。
「ごもっともですな。そういえばこの件でいえばもうひとつだけ、たずねたいことがありましてな」
守棟は何か曰くありげな笑みを浮かべている。
「殿はどうも、千早にあまりに親しげなので内心舌打ちしていたのではないかと」
義光は目をそらしてふんと鼻を鳴らした。
「私は女には親切にありたいと思っているだけだ。いくらなんでも娘同然のものに手をつけるわけないだろう」
「それはそうですな、しかし千早は若いころの義姫様によく似ておられましたから」
「お義に似ていたらますます手が出ないだろう! それにそんなに似ていたか?」
義光は慌てた口調になって、照れ隠しのように酒をあおった。そのあとも二人の雑談は続き、夜は更けていく。
このころより、鮭延秀綱は鮭延城主にして、対小野寺前線武将として主に調略、および奇襲に武勇と才知を発揮することになる。
千早を義光の縁者というあつかいとしたためもあってか、秀綱は良縁にめぐまれたと家中から賞賛のまなざしを向けられた。
その夜、義光は氏家守棟と宴の余韻にひたりつつ、飲み足りぬ酒をあおっていた。氏家守棟も千早の少女時代を知っているだけに、ふたりとも目を細めて思い出話にひたっている。外はすでに暗く雨がふりしきっている。
「雲があつく、雨が多い夜か。初夜にはいいことじゃないか」
義光は雨音にふと耳を澄ました。
「左様ですな、似合いの夫婦でめでたいことです」
「小さな千早もあんなに大きくなって嫁入りだとはなあ、私も歳を取るはずだ。娘たちもあっという間に大きくなって嫁に行くのかと思うと……」
義光はちょっと目を赤くした。
「いい相手に嫁ぐのであればいい、秀綱が相手で本当によかった」
義光がそう言うのを耳にして、守棟の動きがぴたりと止まった。彼は咳払いしてから言う。
「ああそういえば、確かめたいことがありましてな」
「おお、何だ」
「秀綱の行為は最上家中の掟、好色禁制には触れませぬか。私婚が増えては家中まとまりがつかなくなりましょうぞ。それとも何か狙いがあって千早と秀綱がこうなるように仕向けたのですか」
「狙いだと」
義光は首をひねった。
「ええ、つまりこうです。秀綱は今後小野寺方面の調略を行うことになります。しかしこの役目を負うものは危険でもある。彼自身の危険もさることながら、かえって敵にさとられ丸め込まれるやもしれませぬ。だが、千早のような妻がいればそうした動きを察知できる。千早は妻であって草でもある、そういう役目を負ってはおるまいか、と。それに千早を殿の縁者として嫁がせれば、外様の秀綱は恩義を感じるのはむろんのこと、譜代に準じる扱いになったとも言えるわけです。最上家中での地位もあがりますしな」
義光ははっとした顔になって、腕組みをした。
「なるほど、そういう考えもできるな。しかし守棟、これはちがうのだ。あれはどちらも大人の男と女だ、鳥じゃあるまいし同じ籠に放り込めばつがいになるわけじゃない。ああして夫婦になったのは、私の力以上に当人同士の縁や月下氷人の思し召しだよ――だが確かに、今回の縁談はおまえが申した通りの結果も得られる」
義光は杯を干し、笑った。
「ははッ、だがそれ以上に明確な狙いがあるとすれば、我が家の寛大さを見せつけるところだ。家中法度は厳格であるべきだが、その運用はあくまでも柔軟でなければならん。好色といっても強姦と未婚者同士の恋愛を一緒にはできない。私婚も時と場合を吟味してから判断せねば。
そもそもだ。人が人に心惹かれるのを罪と言うならば、それを負わぬ者がどこにいる? 男女の淫楽は互いの臭骸を抱くものぞ、とほざく奴を信用できるか? 涅槃の境地は愛欲にあるかどうかはわからんが、愛染明王もまた真実をついていると私は時に思う」
守棟はふんふんとうなずいていたが、やがて息を吐いた。
「ごもっともですな。そういえばこの件でいえばもうひとつだけ、たずねたいことがありましてな」
守棟は何か曰くありげな笑みを浮かべている。
「殿はどうも、千早にあまりに親しげなので内心舌打ちしていたのではないかと」
義光は目をそらしてふんと鼻を鳴らした。
「私は女には親切にありたいと思っているだけだ。いくらなんでも娘同然のものに手をつけるわけないだろう」
「それはそうですな、しかし千早は若いころの義姫様によく似ておられましたから」
「お義に似ていたらますます手が出ないだろう! それにそんなに似ていたか?」
義光は慌てた口調になって、照れ隠しのように酒をあおった。そのあとも二人の雑談は続き、夜は更けていく。
このころより、鮭延秀綱は鮭延城主にして、対小野寺前線武将として主に調略、および奇襲に武勇と才知を発揮することになる。

