ゲームのルール
山形城にもどった義光たちには、課題が残されていた。すなわち最上家の掟整備だ。なかでも出陣の際の掟を細かくつめていかねばならない。
数日間にわたる君臣評定の結果、やっとそれはできた。義光は家臣を呼び寄せ早速披露した。
「皆につたえておくべきことがある。それはなぜ私が戦うかにも大いに関わりがある」
一同を見回して義光はそう言った。
「出陣に際しての掟を読めばわかることだが、わが軍は一切の略奪、刈田、許可なき放火を禁じている。男女をみだりに奪い奴隷とすること、落人の女子供を殺害暴行することもすべて禁止する。
また、味方をあざむいたり民を殺害して勲功をたてるものはゆるさん。もし私自身がこのような者を見つけたら――じきじきにうち殺すからそのつもりでいるように。
私は最上義光である。甲斐の武田信玄はほうぼうで乱取りを行い国を豊かにした。越後の上杉謙信は冬雪が降り食糧が不足すると、関東の北条方を襲い飢えをみたした。尾張の織田信長は烈火の如き猛攻で比叡山を焼き払い、僧俗問わず撫で斬りにしその名をとどろかせた。彼らは皆武士の中の武士、大将の中の大将として尊ばれている」
ここで考えねばならぬことがある。
そもそも戦国時代はなぜ戦ったか。大名たちが上洛や天下取りをめざしていたからという答えは正しくない。この時代、気候が寒冷化し天災も多かった。政局不安定もあいまって、いやおうなしに生存競争にほうりこまれたといったほうが的確だろう。
大名たちが領国と民を豊かにするには手段をえらぶことはむずかしかった。
武田信玄は乱取りをふくめた手法で国を富ませたため名君とされ、上杉謙信は冬場の出兵で関東の資源を得ていた。上杉謙信は領土欲にとぼしい義将とされるが、だからこそ厄介であるといえる。攻め込んだ先を領土とすることを放棄するとなれば、のちに統治する手間を考えずに進軍できる。つまり、どれだけその土地を荒らそうが破壊しようが、民の感情をそこねようが斟酌する必要はない。
さて、そうした名将と比較してでは最上義光はどう戦うつもりなのか――
「だが、私はそうしない。私は最上義光である。義光はあくまで義光の侍道で戦い抜く――殺し犯し奪うほうが楽な戦いができるやもしれぬ、だが私はそうしない。
最上勢の進む地は出羽、元来最上家のものである土地だ。すなわちそこの田はわが家のもの、民もわが家のもの、すべてがわが家に帰するべきものだ。その財産を奪うもの、その民を傷つけるものはわが配下といえど、私にとっては盗人にひとしい。ゆえに私はこうしたものを裁く権利がある!
これに異議ある者――白鳥や小野寺がいることは皆存じておる通り。だからわれらは彼らのあやまりを糺す必要がある。時には甘言で、あるいは謀略で、それでもだめならば鉄火で。われらの出羽統治の邪魔だてする者どもに容赦はいらん、だが民は別だ。そこのところを忘れないように。
それでは進むぞ、わが勇敢にして智謀にあふれた諸将諸士!」
君臣は拳を"エイエイオウ"とつきあげ、主君に忠誠をちかった。寛大にして無道に報いることのない最上義光の進軍方針はかくして決まった。
以下、鮭延秀綱がかきとめたとされる最上家の掟である。こまごまとした作法がやはり多いが、非戦闘員殺害、略奪、放火、刈田狼藉、抜け駆けの禁止を明文化しているところに注目したい。
一、分国の士、城持の者は云ふに及ばず、旗本・陪臣等も文武之両道専一に嗜むべき事
一、分国の諸士并陪臣・諸奉公人、忠孝の道専一に相守る可し。付足軽・中間・小者迄諸役人の下知と為す可し。地下首姓には地頭・代官申渡す可き事
一、旅行之列、陣屋の次第、与頭の下知に背く可からざる事
一、戦場に限らず、常に他のカを以て勝利を得しを、己一人の功と為し、剰へ其人を切害せしめば、父子・兄弟に到るまで死罪に行ひ、長く子孫を断つ可し。昔日佐々木高網、藤戸の案内者を害すの類、当家に於ては之を用ひざる事
一、朋友を欺き高名の輩は、当家に於ては之を挙げ用ひず。古、佐々木高綱宇治川にて梶原を謀り先陣す。以往之に相似の軍慮他家に弊多なりと雖も、自家に於ては堅く之を禁ずるの事
一、他家に於て軍功無きと雖も、当家に来て忠戦を励さば、則ち賞禄を厚くす可き事
一、合戦の時、先陣敗軍に及べは、後陣則之に代つて横合の鑓を働く可し。能く其の場を窺ひ、卒常に為す可からぎる事
一、敵城己に落て落人有り。女・童或は病者の類、妄に殺害す可からざる事
一、下知を得ずして、敵方の民屋を焼働を為す可からざる事
一、敵方領内に於て、或は田を刈り、或は植田を覆す可からざる事
一、鑓下・太刀下・合討の高名は賞禄を充行ふ事旧例に准ずるの事
一、陣屋夜廻の輩の装束、預め相定に異る者有らば、其由を問ふ可し。答分明ならずば則ち討留む可き事
一、専ら火を慎む可し。若不意に出来せば、其与の外、他の勢を雑へず、之を滅すべき事
一、喧嘩は堅く禁制なり。若し相背くに於ては、理非を言はず双方成敗の事
一、逆心の士あらば、其の体を見得て、速に披露を遂ぐべし。たとへ之を見損ずると雖も疎忽に為す可からざる事
一、好色・博奕堅く禁制の事
一、披露なくして私城普請仕る可からず。然し敵に急に取掛られ、要害を構へ柵・鹿垣・土居等を普請等するは、禁制に及ばざる事
一、城持旗本諸士、披露なく、私に婚姻を結ぶ可からず。付兼て直参礼の陪臣は又右に同ずるの事
一、実子無き者は、養子を求めよ。姓の貴賤を撰ぶ可からず。武功者の二男・三男は、十五歳以上を以て家督を継ぐべき事
一、衣装之料は知行の内証を肖はず。富貴と雖も、分限過たる衣服を好む可からざる事
一、武道具の事、不肖たりと雖も、富める者は分限に過ぎ、之を嗜ふ可し。医師は武具・馬具貯ふるに及ばず、療治を貯要と為す可し。出陣の時節、武具・馬具とも之を貸賜すべし。但医道不足無きの上を調へ、之を嗜む者は之を禁ぜざる事
一、出陣に限らず、分国・他国に行くこと有りと雖も、武道具の外粧之道具を持つ可からざる事
一、陪臣已下の者は、牛皮を以て歩具足を作り、之を用ふ可し。家中一年二、三度は之を改む可し。武具心懸なき者これ有るに於ては、其家中追放すべし。直士は謂に及ばざる事
同家出陣の時掟
一、人数押の事、太鼓次第なり。若し初心の者有るに於ては、其与頭指図致す可し。これを聞き知らざる初陣の若者等、越度之れ有らば、頭の者不届たるべき事
一、喧嘩口論堅く禁制の事。若し違背の者これあらば、理非に及ばず双方死罪たる可し。付目付の者贔屓せしめ、披露を遂げず、余所に徒り露顕しめば、贔屓の目付共に死罪たる可き事
一、他の備に相交る輩これ有るに於ては、押へ置き、諸具を取る可し。其主人異議に及ばば、曲等たるべき事
一、人数押の時、脇道すべからず。下知に背く者これあらば、討捨に仕る可き事
一、敵地に於て乱妨狼籍堅く禁制なり。猥りに男女を取る可からざる事
一、何方に限らず、田畑を費す可からず。同所に陣取る可からざる事
一、たとへ敵地たると道ふとも、猥に放火す可からざる事
一、先手の外猥に物見を出すべからず。若し物見を出す可き品これ有るに於ては、先手に其の子細を断り、出す可く侯事
一、抜懸制禁の事、たとへ高名これ有りと道ふとも、軍法に背くの条、曲事たるべき事
一、諸役人の下知に相背く可からず。参陣の末如何様の使を以て言送る事有りと道ふとも、異儀に及ばず共用を達す可し。書札半紙等を以て書礼に背き、無礼有りと道ふとも、聊かも心に懸く可からず。諸役人等万事急用にして隙なく、不慮の無礼これ有る可きよ。是等を遺恨に思ふ族、これ有るに於ては、逆心同然たる可き事
一、宿論禁制す。宿割役人の下知に背く可からざる事
一、小荷駄押の事、諸勢の備に込入る可からざる事
一、宿陣の時、乱酒禁制たり。若酔狂の者これ有るに於ては、討捨て仕る可き事
一、敵方の使者来る時は、其品を聞届け、披露を遂ぐ可し。努々敵方の使者を討つ可からず。敵方の使者にに向ひ、用事の外一切雑談す可からぎる事
一、一夜野陣をなすと道ふとも、一々陣柵を振る可き事
一、陣与の外勝手次第に陣取る可からざる事
一、下知なくして陣払すべからざる事
右之条々違背せしむるに於ては、其の軽重に依り、曲事たるべき者なり。
数日間にわたる君臣評定の結果、やっとそれはできた。義光は家臣を呼び寄せ早速披露した。
「皆につたえておくべきことがある。それはなぜ私が戦うかにも大いに関わりがある」
一同を見回して義光はそう言った。
「出陣に際しての掟を読めばわかることだが、わが軍は一切の略奪、刈田、許可なき放火を禁じている。男女をみだりに奪い奴隷とすること、落人の女子供を殺害暴行することもすべて禁止する。
また、味方をあざむいたり民を殺害して勲功をたてるものはゆるさん。もし私自身がこのような者を見つけたら――じきじきにうち殺すからそのつもりでいるように。
私は最上義光である。甲斐の武田信玄はほうぼうで乱取りを行い国を豊かにした。越後の上杉謙信は冬雪が降り食糧が不足すると、関東の北条方を襲い飢えをみたした。尾張の織田信長は烈火の如き猛攻で比叡山を焼き払い、僧俗問わず撫で斬りにしその名をとどろかせた。彼らは皆武士の中の武士、大将の中の大将として尊ばれている」
ここで考えねばならぬことがある。
そもそも戦国時代はなぜ戦ったか。大名たちが上洛や天下取りをめざしていたからという答えは正しくない。この時代、気候が寒冷化し天災も多かった。政局不安定もあいまって、いやおうなしに生存競争にほうりこまれたといったほうが的確だろう。
大名たちが領国と民を豊かにするには手段をえらぶことはむずかしかった。
武田信玄は乱取りをふくめた手法で国を富ませたため名君とされ、上杉謙信は冬場の出兵で関東の資源を得ていた。上杉謙信は領土欲にとぼしい義将とされるが、だからこそ厄介であるといえる。攻め込んだ先を領土とすることを放棄するとなれば、のちに統治する手間を考えずに進軍できる。つまり、どれだけその土地を荒らそうが破壊しようが、民の感情をそこねようが斟酌する必要はない。
さて、そうした名将と比較してでは最上義光はどう戦うつもりなのか――
「だが、私はそうしない。私は最上義光である。義光はあくまで義光の侍道で戦い抜く――殺し犯し奪うほうが楽な戦いができるやもしれぬ、だが私はそうしない。
最上勢の進む地は出羽、元来最上家のものである土地だ。すなわちそこの田はわが家のもの、民もわが家のもの、すべてがわが家に帰するべきものだ。その財産を奪うもの、その民を傷つけるものはわが配下といえど、私にとっては盗人にひとしい。ゆえに私はこうしたものを裁く権利がある!
これに異議ある者――白鳥や小野寺がいることは皆存じておる通り。だからわれらは彼らのあやまりを糺す必要がある。時には甘言で、あるいは謀略で、それでもだめならば鉄火で。われらの出羽統治の邪魔だてする者どもに容赦はいらん、だが民は別だ。そこのところを忘れないように。
それでは進むぞ、わが勇敢にして智謀にあふれた諸将諸士!」
君臣は拳を"エイエイオウ"とつきあげ、主君に忠誠をちかった。寛大にして無道に報いることのない最上義光の進軍方針はかくして決まった。
以下、鮭延秀綱がかきとめたとされる最上家の掟である。こまごまとした作法がやはり多いが、非戦闘員殺害、略奪、放火、刈田狼藉、抜け駆けの禁止を明文化しているところに注目したい。
一、分国の士、城持の者は云ふに及ばず、旗本・陪臣等も文武之両道専一に嗜むべき事
一、分国の諸士并陪臣・諸奉公人、忠孝の道専一に相守る可し。付足軽・中間・小者迄諸役人の下知と為す可し。地下首姓には地頭・代官申渡す可き事
一、旅行之列、陣屋の次第、与頭の下知に背く可からざる事
一、戦場に限らず、常に他のカを以て勝利を得しを、己一人の功と為し、剰へ其人を切害せしめば、父子・兄弟に到るまで死罪に行ひ、長く子孫を断つ可し。昔日佐々木高網、藤戸の案内者を害すの類、当家に於ては之を用ひざる事
一、朋友を欺き高名の輩は、当家に於ては之を挙げ用ひず。古、佐々木高綱宇治川にて梶原を謀り先陣す。以往之に相似の軍慮他家に弊多なりと雖も、自家に於ては堅く之を禁ずるの事
一、他家に於て軍功無きと雖も、当家に来て忠戦を励さば、則ち賞禄を厚くす可き事
一、合戦の時、先陣敗軍に及べは、後陣則之に代つて横合の鑓を働く可し。能く其の場を窺ひ、卒常に為す可からぎる事
一、敵城己に落て落人有り。女・童或は病者の類、妄に殺害す可からざる事
一、下知を得ずして、敵方の民屋を焼働を為す可からざる事
一、敵方領内に於て、或は田を刈り、或は植田を覆す可からざる事
一、鑓下・太刀下・合討の高名は賞禄を充行ふ事旧例に准ずるの事
一、陣屋夜廻の輩の装束、預め相定に異る者有らば、其由を問ふ可し。答分明ならずば則ち討留む可き事
一、専ら火を慎む可し。若不意に出来せば、其与の外、他の勢を雑へず、之を滅すべき事
一、喧嘩は堅く禁制なり。若し相背くに於ては、理非を言はず双方成敗の事
一、逆心の士あらば、其の体を見得て、速に披露を遂ぐべし。たとへ之を見損ずると雖も疎忽に為す可からざる事
一、好色・博奕堅く禁制の事
一、披露なくして私城普請仕る可からず。然し敵に急に取掛られ、要害を構へ柵・鹿垣・土居等を普請等するは、禁制に及ばざる事
一、城持旗本諸士、披露なく、私に婚姻を結ぶ可からず。付兼て直参礼の陪臣は又右に同ずるの事
一、実子無き者は、養子を求めよ。姓の貴賤を撰ぶ可からず。武功者の二男・三男は、十五歳以上を以て家督を継ぐべき事
一、衣装之料は知行の内証を肖はず。富貴と雖も、分限過たる衣服を好む可からざる事
一、武道具の事、不肖たりと雖も、富める者は分限に過ぎ、之を嗜ふ可し。医師は武具・馬具貯ふるに及ばず、療治を貯要と為す可し。出陣の時節、武具・馬具とも之を貸賜すべし。但医道不足無きの上を調へ、之を嗜む者は之を禁ぜざる事
一、出陣に限らず、分国・他国に行くこと有りと雖も、武道具の外粧之道具を持つ可からざる事
一、陪臣已下の者は、牛皮を以て歩具足を作り、之を用ふ可し。家中一年二、三度は之を改む可し。武具心懸なき者これ有るに於ては、其家中追放すべし。直士は謂に及ばざる事
同家出陣の時掟
一、人数押の事、太鼓次第なり。若し初心の者有るに於ては、其与頭指図致す可し。これを聞き知らざる初陣の若者等、越度之れ有らば、頭の者不届たるべき事
一、喧嘩口論堅く禁制の事。若し違背の者これあらば、理非に及ばず双方死罪たる可し。付目付の者贔屓せしめ、披露を遂げず、余所に徒り露顕しめば、贔屓の目付共に死罪たる可き事
一、他の備に相交る輩これ有るに於ては、押へ置き、諸具を取る可し。其主人異議に及ばば、曲等たるべき事
一、人数押の時、脇道すべからず。下知に背く者これあらば、討捨に仕る可き事
一、敵地に於て乱妨狼籍堅く禁制なり。猥りに男女を取る可からざる事
一、何方に限らず、田畑を費す可からず。同所に陣取る可からざる事
一、たとへ敵地たると道ふとも、猥に放火す可からざる事
一、先手の外猥に物見を出すべからず。若し物見を出す可き品これ有るに於ては、先手に其の子細を断り、出す可く侯事
一、抜懸制禁の事、たとへ高名これ有りと道ふとも、軍法に背くの条、曲事たるべき事
一、諸役人の下知に相背く可からず。参陣の末如何様の使を以て言送る事有りと道ふとも、異儀に及ばず共用を達す可し。書札半紙等を以て書礼に背き、無礼有りと道ふとも、聊かも心に懸く可からず。諸役人等万事急用にして隙なく、不慮の無礼これ有る可きよ。是等を遺恨に思ふ族、これ有るに於ては、逆心同然たる可き事
一、宿論禁制す。宿割役人の下知に背く可からざる事
一、小荷駄押の事、諸勢の備に込入る可からざる事
一、宿陣の時、乱酒禁制たり。若酔狂の者これ有るに於ては、討捨て仕る可き事
一、敵方の使者来る時は、其品を聞届け、披露を遂ぐ可し。努々敵方の使者を討つ可からず。敵方の使者にに向ひ、用事の外一切雑談す可からぎる事
一、一夜野陣をなすと道ふとも、一々陣柵を振る可き事
一、陣与の外勝手次第に陣取る可からざる事
一、下知なくして陣払すべからざる事
右之条々違背せしむるに於ては、其の軽重に依り、曲事たるべき者なり。

