鷹どものゲーム(二)
安土城を目にした一行は、近づくにつれわが目を疑った。
建設中のその建物は、もっとも奇怪な思考を持つ天才が設計したとしかいいようがない。まず"天守"という塔がそびえたつ。完成後は七層になるという。豪奢なかざりのついた瓦には金箔がはりつけられ、窓は黒い漆塗りで白い壁に映えている。下の層はあざやかな赤で模様が描かれていることは間近によってやっとわかった。
始皇帝の阿房宮がそうであったように、この建物は天下を睥睨しその力をあまねく知らしめている。防衛的、実践的な機能以上に、この建物は権威と改革を訪問者にみせつけた。
城主であり天下をその手におさめつつある織田信長は、その城にふさわしい男だった。いや、あの安土城のしめすすべてが彼の本質といえたかもしれない。
彼は面長で色白、かたちのいい髭にととのった顔だちをしていた。背が高く、一見するととても気品があるように見える。だが一言でもその甲高い大声が頭のてっぺんから発せられると、その印象は一変する。彼は気品すらふみつけて生きているようなところを感じさせた。
この豪放磊落で傲慢な君主は、出羽くんだりから来た田舎者に面会することをいとわなかった。目に入るものすべてに唖然とする彼らにどこか愛嬌をおぼえ、かつ己の権威がもたらす反応を愉しんでいた。彼の背後にある屏風には、世界といえば本朝・唐土・天竺しか知らない最上君臣一行に混乱をもたらした南蛮人たちが描かれていた。
信長は義光たちに屏風に描かれている一行が何者かを、むちゃくちゃな早口で説明した。上方なまりとその早さで皆ほとんど聞き取れない。かろうじて志村九郎兵衛が、
「南蛮人というものたちがあの鉄砲をもたらしたのですなあ。しかしこのように目が青く、肌の黒いものどもがいるとは……いやはやいやはや」
と出羽人らしい素朴な感想を、奥羽なまりの重たい口調でやっといった。信長はそれを聞くと大笑いした。彼は義光の差し出した家系図を無関心な目線でじっと見ていたが、小姓が献上された鷹を籠に入れて持ってくると、完全にそちらに注意がうつった。信長はくるくると家系図を丸めて置くと、鷹をじっと見入った。
「確かに最上家の系図はよくわかった。そのほうこそが出羽守だ」
ややぶっきらぼうな口調で彼はそう言った。
「ところでこの鷹は実にいい。奥羽にはいい鷹がいると徳川殿から聞いてはいたが確かに」
信長は籠ににじりよった。義光は思う。
(私たちもこの鷹にひとしい。籠は出羽の地、そして鷹を認めるのは信長だ。燕雀ならば故郷の空をのびのびと飛べただろうが、なまじ猛禽であるばかりに籠に入って獲物を捕るはめになる。まあいい、鷹は鷹として天下の中を飛ぶしかない)
籠の中の鷹は、信長の気配におびえたのか翼をちぢめた。
面会後、饗応の膳もすさまじいものがあった。刺身は出羽にはない柚子をふんだんに使った薬味で食べる。かまぼこ、煮あわび、ひしくいの皮煎り、雁の皮煎り、あぶった合鴨、鶴の煎物などなど。鮭の焼き物にはこれまた香りがたっぷりとつけられている。義光はじめ皆それぞれ決して食が細いほうではないが、腹がどうにかなるかと思った。酒は透き通り強く、すっきりした呑み口でたまらない。
だがそんな中でも一番義光の脳裏にのこったのは、高坏に無造作にもられた奇妙な菓子だった。いろとろどりで小さなそれは食べ物かすらわからなかったが、口にふくむと甘くカリカリとした歯ごたえがあった。
「それは南蛮菓子の"コンペイトウ"だ。いくらおいても腐らんぞ」
信長がそう言った。
(なんとまあ美味で、かわいらしい菓子だろう! これをとしよや弥生、子どもたちにも食べさせられたらいいのに)
義光はそれを聞いてこれならば山形まで持ち帰ることができる菓子だと内心喜んだ。
彼はそれを少し懐紙にとると、そっと包んで袖にしまった。
彼の妻たちは出発前、"ご無事であれば土産なぞ"としおらしいことを言いながら、あとになって欲しい品物を羅列した紙を夫に渡してきた。彼はもちろん、時間があればそれを揃えるつもりだが、それに加えてこんな珍しいものまで得ることができた。
「おい、こそこそ何をしている」
彼の上機嫌をやぶったのは他ならぬ織田信長その人だった。傍らにいた家臣の明智光秀が秀麗な額に汗をうかべている。義光はあせった。
「あ、いや、その、あまりにめずらしく出羽にはないものなので、子どもの土産にと……」
「ふざけるんじゃあない、最上殿。この信長をそうけちな男と思うでないぞ。出羽守の願いとあらばこんなものいくらでもやろう」
そう言って大笑いした信長は小姓に漆塗りの箱を持たせると、むんずとコンペイトウをつかんでざらざらと入れた。明智光秀はそれを見るとかすかな笑みを浮かべ、額をぬぐった。義光は背中に浮いた冷や汗が一気にひっこんだ。
義光が信長からもらったのは、むろんこれだけではなかった。
信長は義光に三十八間総覆輪筋兜と桶革胴の甲冑を贈り、義光はこれを愛用することになった。かくして白鳥長久が最上義光に対して持った有利は、義光の素早い行動で横並びになった。
建設中のその建物は、もっとも奇怪な思考を持つ天才が設計したとしかいいようがない。まず"天守"という塔がそびえたつ。完成後は七層になるという。豪奢なかざりのついた瓦には金箔がはりつけられ、窓は黒い漆塗りで白い壁に映えている。下の層はあざやかな赤で模様が描かれていることは間近によってやっとわかった。
始皇帝の阿房宮がそうであったように、この建物は天下を睥睨しその力をあまねく知らしめている。防衛的、実践的な機能以上に、この建物は権威と改革を訪問者にみせつけた。
城主であり天下をその手におさめつつある織田信長は、その城にふさわしい男だった。いや、あの安土城のしめすすべてが彼の本質といえたかもしれない。
彼は面長で色白、かたちのいい髭にととのった顔だちをしていた。背が高く、一見するととても気品があるように見える。だが一言でもその甲高い大声が頭のてっぺんから発せられると、その印象は一変する。彼は気品すらふみつけて生きているようなところを感じさせた。
この豪放磊落で傲慢な君主は、出羽くんだりから来た田舎者に面会することをいとわなかった。目に入るものすべてに唖然とする彼らにどこか愛嬌をおぼえ、かつ己の権威がもたらす反応を愉しんでいた。彼の背後にある屏風には、世界といえば本朝・唐土・天竺しか知らない最上君臣一行に混乱をもたらした南蛮人たちが描かれていた。
信長は義光たちに屏風に描かれている一行が何者かを、むちゃくちゃな早口で説明した。上方なまりとその早さで皆ほとんど聞き取れない。かろうじて志村九郎兵衛が、
「南蛮人というものたちがあの鉄砲をもたらしたのですなあ。しかしこのように目が青く、肌の黒いものどもがいるとは……いやはやいやはや」
と出羽人らしい素朴な感想を、奥羽なまりの重たい口調でやっといった。信長はそれを聞くと大笑いした。彼は義光の差し出した家系図を無関心な目線でじっと見ていたが、小姓が献上された鷹を籠に入れて持ってくると、完全にそちらに注意がうつった。信長はくるくると家系図を丸めて置くと、鷹をじっと見入った。
「確かに最上家の系図はよくわかった。そのほうこそが出羽守だ」
ややぶっきらぼうな口調で彼はそう言った。
「ところでこの鷹は実にいい。奥羽にはいい鷹がいると徳川殿から聞いてはいたが確かに」
信長は籠ににじりよった。義光は思う。
(私たちもこの鷹にひとしい。籠は出羽の地、そして鷹を認めるのは信長だ。燕雀ならば故郷の空をのびのびと飛べただろうが、なまじ猛禽であるばかりに籠に入って獲物を捕るはめになる。まあいい、鷹は鷹として天下の中を飛ぶしかない)
籠の中の鷹は、信長の気配におびえたのか翼をちぢめた。
面会後、饗応の膳もすさまじいものがあった。刺身は出羽にはない柚子をふんだんに使った薬味で食べる。かまぼこ、煮あわび、ひしくいの皮煎り、雁の皮煎り、あぶった合鴨、鶴の煎物などなど。鮭の焼き物にはこれまた香りがたっぷりとつけられている。義光はじめ皆それぞれ決して食が細いほうではないが、腹がどうにかなるかと思った。酒は透き通り強く、すっきりした呑み口でたまらない。
だがそんな中でも一番義光の脳裏にのこったのは、高坏に無造作にもられた奇妙な菓子だった。いろとろどりで小さなそれは食べ物かすらわからなかったが、口にふくむと甘くカリカリとした歯ごたえがあった。
「それは南蛮菓子の"コンペイトウ"だ。いくらおいても腐らんぞ」
信長がそう言った。
(なんとまあ美味で、かわいらしい菓子だろう! これをとしよや弥生、子どもたちにも食べさせられたらいいのに)
義光はそれを聞いてこれならば山形まで持ち帰ることができる菓子だと内心喜んだ。
彼はそれを少し懐紙にとると、そっと包んで袖にしまった。
彼の妻たちは出発前、"ご無事であれば土産なぞ"としおらしいことを言いながら、あとになって欲しい品物を羅列した紙を夫に渡してきた。彼はもちろん、時間があればそれを揃えるつもりだが、それに加えてこんな珍しいものまで得ることができた。
「おい、こそこそ何をしている」
彼の上機嫌をやぶったのは他ならぬ織田信長その人だった。傍らにいた家臣の明智光秀が秀麗な額に汗をうかべている。義光はあせった。
「あ、いや、その、あまりにめずらしく出羽にはないものなので、子どもの土産にと……」
「ふざけるんじゃあない、最上殿。この信長をそうけちな男と思うでないぞ。出羽守の願いとあらばこんなものいくらでもやろう」
そう言って大笑いした信長は小姓に漆塗りの箱を持たせると、むんずとコンペイトウをつかんでざらざらと入れた。明智光秀はそれを見るとかすかな笑みを浮かべ、額をぬぐった。義光は背中に浮いた冷や汗が一気にひっこんだ。
義光が信長からもらったのは、むろんこれだけではなかった。
信長は義光に三十八間総覆輪筋兜と桶革胴の甲冑を贈り、義光はこれを愛用することになった。かくして白鳥長久が最上義光に対して持った有利は、義光の素早い行動で横並びになった。

