義光元服(一)
永禄三(一五六〇)年正月十五日(新暦二月十一日)、白寿丸は十五歳になり元服をむかえた。
この頃の彼は夜に骨がきしむほどの勢いで背が伸びていて、父親よりも傅役よりも背が高く、しなやかな筋肉とたくましい骨格を持つ体になりつつあった。子どもの顔から、おとなのそれに急速にかわりつつあった。
彼はこのとき将軍・足利義輝より"義"の字を賜り、義光と名乗るようになった。足利一門に連なる義守は、その礼に律儀に京まで名馬を届けている。
義守は我が子にこの日のためにあつらえた黒糸素懸威五枚胴具足を見せた。義光の喉から感激の声がもれた。
「父上、金色です。まことに金色の具足、こんなにすばらしいものをいただくとは……」
義守はうなずいた。
「はるばる京都でつくらせた甲斐があった。これぞ最上の嫡男にふさわしいものだ」
たしかにこの具足の豪華さを見れば、義守が息子にかけていた期待がわかるというものだ。三日月をかたどった金色の前立て、黒糸で金の板をつないだきらびやかな最上胴、袖の色はあざやかでういういしい薄萌葱色、そして草摺にはこれまた金色の日輪が描かれている。全体的なかたちは当世風ですっきりしているが、そのつくりの豪華さはうたがいようもない。そしてその具足につかわれた色すべてが、彼の白い顔にぴったりあっていた。親に愛されている子ども特有の得意気で満ち足りた表情で、義光はその具足を身にまとった。
具足を身につけた彼は力強く美しい。その姿を見れば誰しも最上家のあかるい未来を思わずにはいられなかった。もっともこの華麗な具足は、持ち主がすくすくと成長したためにすぐにからだにあわなくなってしまうのだが。元服後も背を伸ばし続ける義光は、衣服も具足もすぐ小さくなってしまうのであった。
しかし彼の初陣の成果を知れば、誰しもまたその予感が幻だと思うだろう。その春、最上家は寒河江氏を攻めたが、たいした戦果もなくろくに槍もあわせなかった。むろん義光はほぼ何もせず、誰も殺さず、きらびやかな人形のようにして本陣に座っていただけだった。初陣は危険をさけ、無難な小競り合いだけをするのはめずらしいことではない。が、それにしてもこれは拍子抜けといってよかった。
義光がはじめて人を斬るのは、この翌年、まったく思いがけぬところでとなる。
永禄四(一五六一)年三月(新暦三月)、最上家のものたちが高湯温泉にあそびにでかけた。
高湯は山形からほど近く、外傷によく効く温泉がわいている。高湯を流れる川はあたたかく、空気はかすかに硫黄くさい。
温泉だけではなく春の山には鹿や兎、山菜があふれていた。その山菜を熱心に摘んでいるのが最上家嫡男の義光だ。彼は籠にふきのとうを投げ入れながら額の汗をぬぐった。
「こうして春の若菜を摘む袖に春の淡雪でもかかれば、さぞや風情があるだろうな」
と義光が言うと傍らの家臣たちがうなずいた。しかし傅役の氏家定直だけは彼をちょっとにらみつけた。
「若菜だのふきのとうだのは、童でもとれるものですぞ。そんなものはうっちゃっておきなされ。獣を狩ってこそ最上の若殿でしょうに、情けないことです」
(出たよ、まただ)
義光はこの堅物がそういうことを見越していた。
「それはそうだけれど、母上は信心深く獣肉なぞ召し上がらない。こうした山の幸を土産にせねば親不孝になる」
彼はそういいながら手首をひねって、ふきのとうをちぎった。彼自身はふきのとうをうまいと思ったことはないが、母はたしかに味噌であえたそれが好きなのだ。そこで定直はすばやく返してくる。
「そういえば、我が殿は今宵肉を召し上がりたいとか」
義光はそれに答えず、傍らの者から弓矢を受け取り藪にわけいった。四半刻(三十分後)には矢の刺さった兎の耳をつかみ、かかげて見せた。
「父上には兎を召し上がっていただこうか。鹿でないのが残念だがな」
定直もこれにはほほえんで、獲物を受け取り義守に渡した。義守も笑って、
「あの小僧がこうも大きくなって、ついにはこうして兎なぞよこすようになったな」
と言っている。義光は土産がまだ足りないと思ったのか、硫黄臭い湯を水筒にくむと「これで顔を洗えば、あの妹も色が白くなるだろう」と笑っていた。
義光は大きな岩を見つけると、転がすことができるか試してみようと家臣たちと賭けをした。義光は家臣たちが汗をかきながら転がすのをじっと見ていたが、皆が転がし終えたあとでおもむろに岩に近づき、顔を真っ赤にし動かして見せた。
「おお、若殿、なんとまあ力がお強いものですなあ!」
家臣たちが褒めると彼はちょっと眉をしかめて鼻を鳴らした。氏家守棟はにやりとしてそこで言った。
「皆が持ち上げ、岩がゆるんだところを動かすとは。力もあるが知恵もあることです」
義光はその言葉を聞くとからだをまげて大笑いした。
「ははは、そうだろうとも。ところで守棟、おまえ少し背が縮んだか」
「いいえ、若殿が大きくなられたので。からだだけではなく志も大きくなられませ」
守棟の言葉に義光はにっこり笑い、相手の耳元でささやいた。
「こうも汗をかくと喉が渇くな。今夜は宴席で酒が呑みたいものだが」
(焼いた脂が垂れる兎肉、それに酒! ああ、涎がでてきそう)
義光は知ったばかりの酒の味を思い出すだけで酔っぱらいそうな気分になる。
守棟はそれにうなずいて「まあ少しなら、父も多めに見ましょうな」とこっそり答えた。
「小椀に三杯までならば召し上がってよろしい。それ以上はいけません」
ぼそっと、しかし威厳のある声がいった。定直がいつの間にか二人の背後に回っていたのだ。義光はおどろいて残雪をふみしめながら駆け去った。途中、雪の上で滑ってころびそうになったのが、まだまだ子どものように見えた。
この頃の彼は夜に骨がきしむほどの勢いで背が伸びていて、父親よりも傅役よりも背が高く、しなやかな筋肉とたくましい骨格を持つ体になりつつあった。子どもの顔から、おとなのそれに急速にかわりつつあった。
彼はこのとき将軍・足利義輝より"義"の字を賜り、義光と名乗るようになった。足利一門に連なる義守は、その礼に律儀に京まで名馬を届けている。
義守は我が子にこの日のためにあつらえた黒糸素懸威五枚胴具足を見せた。義光の喉から感激の声がもれた。
「父上、金色です。まことに金色の具足、こんなにすばらしいものをいただくとは……」
義守はうなずいた。
「はるばる京都でつくらせた甲斐があった。これぞ最上の嫡男にふさわしいものだ」
たしかにこの具足の豪華さを見れば、義守が息子にかけていた期待がわかるというものだ。三日月をかたどった金色の前立て、黒糸で金の板をつないだきらびやかな最上胴、袖の色はあざやかでういういしい薄萌葱色、そして草摺にはこれまた金色の日輪が描かれている。全体的なかたちは当世風ですっきりしているが、そのつくりの豪華さはうたがいようもない。そしてその具足につかわれた色すべてが、彼の白い顔にぴったりあっていた。親に愛されている子ども特有の得意気で満ち足りた表情で、義光はその具足を身にまとった。
具足を身につけた彼は力強く美しい。その姿を見れば誰しも最上家のあかるい未来を思わずにはいられなかった。もっともこの華麗な具足は、持ち主がすくすくと成長したためにすぐにからだにあわなくなってしまうのだが。元服後も背を伸ばし続ける義光は、衣服も具足もすぐ小さくなってしまうのであった。
しかし彼の初陣の成果を知れば、誰しもまたその予感が幻だと思うだろう。その春、最上家は寒河江氏を攻めたが、たいした戦果もなくろくに槍もあわせなかった。むろん義光はほぼ何もせず、誰も殺さず、きらびやかな人形のようにして本陣に座っていただけだった。初陣は危険をさけ、無難な小競り合いだけをするのはめずらしいことではない。が、それにしてもこれは拍子抜けといってよかった。
義光がはじめて人を斬るのは、この翌年、まったく思いがけぬところでとなる。
永禄四(一五六一)年三月(新暦三月)、最上家のものたちが高湯温泉にあそびにでかけた。
高湯は山形からほど近く、外傷によく効く温泉がわいている。高湯を流れる川はあたたかく、空気はかすかに硫黄くさい。
温泉だけではなく春の山には鹿や兎、山菜があふれていた。その山菜を熱心に摘んでいるのが最上家嫡男の義光だ。彼は籠にふきのとうを投げ入れながら額の汗をぬぐった。
「こうして春の若菜を摘む袖に春の淡雪でもかかれば、さぞや風情があるだろうな」
と義光が言うと傍らの家臣たちがうなずいた。しかし傅役の氏家定直だけは彼をちょっとにらみつけた。
「若菜だのふきのとうだのは、童でもとれるものですぞ。そんなものはうっちゃっておきなされ。獣を狩ってこそ最上の若殿でしょうに、情けないことです」
(出たよ、まただ)
義光はこの堅物がそういうことを見越していた。
「それはそうだけれど、母上は信心深く獣肉なぞ召し上がらない。こうした山の幸を土産にせねば親不孝になる」
彼はそういいながら手首をひねって、ふきのとうをちぎった。彼自身はふきのとうをうまいと思ったことはないが、母はたしかに味噌であえたそれが好きなのだ。そこで定直はすばやく返してくる。
「そういえば、我が殿は今宵肉を召し上がりたいとか」
義光はそれに答えず、傍らの者から弓矢を受け取り藪にわけいった。四半刻(三十分後)には矢の刺さった兎の耳をつかみ、かかげて見せた。
「父上には兎を召し上がっていただこうか。鹿でないのが残念だがな」
定直もこれにはほほえんで、獲物を受け取り義守に渡した。義守も笑って、
「あの小僧がこうも大きくなって、ついにはこうして兎なぞよこすようになったな」
と言っている。義光は土産がまだ足りないと思ったのか、硫黄臭い湯を水筒にくむと「これで顔を洗えば、あの妹も色が白くなるだろう」と笑っていた。
義光は大きな岩を見つけると、転がすことができるか試してみようと家臣たちと賭けをした。義光は家臣たちが汗をかきながら転がすのをじっと見ていたが、皆が転がし終えたあとでおもむろに岩に近づき、顔を真っ赤にし動かして見せた。
「おお、若殿、なんとまあ力がお強いものですなあ!」
家臣たちが褒めると彼はちょっと眉をしかめて鼻を鳴らした。氏家守棟はにやりとしてそこで言った。
「皆が持ち上げ、岩がゆるんだところを動かすとは。力もあるが知恵もあることです」
義光はその言葉を聞くとからだをまげて大笑いした。
「ははは、そうだろうとも。ところで守棟、おまえ少し背が縮んだか」
「いいえ、若殿が大きくなられたので。からだだけではなく志も大きくなられませ」
守棟の言葉に義光はにっこり笑い、相手の耳元でささやいた。
「こうも汗をかくと喉が渇くな。今夜は宴席で酒が呑みたいものだが」
(焼いた脂が垂れる兎肉、それに酒! ああ、涎がでてきそう)
義光は知ったばかりの酒の味を思い出すだけで酔っぱらいそうな気分になる。
守棟はそれにうなずいて「まあ少しなら、父も多めに見ましょうな」とこっそり答えた。
「小椀に三杯までならば召し上がってよろしい。それ以上はいけません」
ぼそっと、しかし威厳のある声がいった。定直がいつの間にか二人の背後に回っていたのだ。義光はおどろいて残雪をふみしめながら駆け去った。途中、雪の上で滑ってころびそうになったのが、まだまだ子どものように見えた。

