白寿丸(四)
「伊達はよくない! 子は父を敬い、弟は兄を立てるものだと申すぞ」
守棟は皮肉げな笑みを浮かべつつ、白寿丸の頭を撫でた。
「若殿は素直でよいお子ですなあ。しかし世の中には道理で片付かぬことがたくさんあるのです。かんたんに説明すると、父である稙宗がわがままなので、息子の晴宗がとじこめようとしました。すると稙宗が怒って、我が殿や他の大名に助けを求めました。こうして戦が始まりました」
守棟はこののちに"天文の乱"、あるいは"洞(うつろ)の乱"と呼ばれる内紛をざっと簡単に説明した。これをもう少し詳しく説明するとこうなる。
この乱は稙宗の、我が子を用いた外交政策のいきすぎにある。天文十一(一五四二)年から六年間にわたったこの大乱のきっかけは、稙宗が三男・実元を越後上杉家に養子に出そうとしたことからはじまった。この動きに越後の本庄氏が反発したため、稙宗は有力家臣をつけて実元を送り出そうとした。しかし晴宗は、伊達家臣の流出に反対し父を幽閉するに至った。
稙宗は幽閉から脱出、息子を倒すべく兵を集めた。かくしてこの内乱が起こったのである。最終的には息子の晴宗が稙宗を圧倒し、隠居させることで決着がついた。
このとき最上義守は稙宗に味方し出兵、一時は伊達家本拠・米沢城のある置賜地域を征圧、あなどりがたい存在感を示した。その活躍によって、伊達従属下から独立をはたしたのである。
守棟は少し考えこむ顔になった。
(あの戦場の空気、血と肉の腐っていく甘ったるい悪臭、敵を屠る手応え。どう語っても言い尽くせまいな。あと五年もすれば、若殿もそれを味わうことになるわけか)
「なあ守棟、甲冑は着るとどんな感じなのだ?」
白寿丸は黙ってしまった守棟の顔をまじまじと見てからたずねた。
「重たいです、ともかくものすごく重たいのです。そして暑くて動きにくい」
「子どもだと思ってばかにするなよ、そのくらいなんとなくわかる」
「ええ、そりゃあれは鉄の板をぬいあわせたものです。頭で重たくて暑くて動きにくいと、皆わかってはいるのです。でも、実際着てみるとほんとうにはじめはそうとしか思えませんよ。まあそのうち、それでもきびきび歩いたりできるようになりますが」
「でも、甲冑は格好いいぞ。私もはやく自分のものが欲しいなあ。父上はすてきなものを作ってくれるかな」
「ええ、京都の具足師に頼むはずですよ」
「まことか! 私はな、金色に光るきらきらした鎧が欲しい」
義守はこの長男をそれこそ目の中に入れても痛くないほどかわいがっていた。のみならず、常に京都を意識している義守のことだ。息子には当世風の華麗なものを用意するであろうと家臣は皆噂していた。
(問題は甲冑ではなく、どこのどいつと戦うかだな。今の最上では……)
守棟は考えをめぐらせた。これこそ氏家父子の懸案事項、すなわちどこの誰と戦い、どう領土を拡張するかだ。
「それで守棟、父上やおまえははどのように戦ったのだ。その親子喧嘩で?」
守棟はまだ出しっぱなしの筆をとり、紙に地図をえがいた。
「いいですか、ここが山形、そしてこれが米沢です。最上勢は米沢一帯まで兵をすすめました。米沢との間にはいくつか道があります。中でも一番通り抜けにくいのが、上山近辺です。だからここは避けました。そして米沢のある置賜周辺までたどりつき、一時期ですが最上支配下においたのです」
「うーん、なんだかすごそうだなあ。で、守棟は何をしていたのだ。首はとったのか」
「若殿、氏家家は最上家の執事ですぞ。前線での首取りはわれわれの仕事ではありません。帷幄で策をめぐらす。おわかりですか。とはいえ、ほれ、これをごらんあれ」
守棟は右腕をまくった。古い傷痕が肘の辺りにひきつれている。
「ここを敵に抉られまして。そのときは気付きませんでしたが、気が付けば籠手の中に血がたまっておりました」
白寿丸はじーっとその傷を見た。守棟は陣が敵に急襲され、陣幕が蹴倒されたこと、義守を背後にかばって槍をとったこと、そして敵の太刀がかすめたことを語った。いつもより訥々としていて、当たり前だが軍記ものにあるような派手な話ではなかった。
これがまことの戦なのだろうな、と白寿丸は思った。
「それは痛かっただろうな、守棟、父上を守ってくれてありがとう」
白寿丸の短い人生で一番痛かった記憶は、蜂にさされたことだ。槍で刺されたりしたら、もっとずっと痛いのだろうなと彼は思う。
「はは、首を打たれたらもっと痛いし血もたっぷり出ますよ」
守棟はほほえんで袖をもとに戻しながら言うと、白寿丸が顔をひきつらせた。でも彼にも幼い意地があるから怖いとは言わなかった。
「でも若殿の首は守棟が、そして最上の皆が守りますからご安心を」
「うん、たよりにしている」
白寿丸はうなずいて答えた。それからしばらく守棟を質問攻めにしていたが、だんだんと声が眠たげになっていった。返事がないので守棟が顔をのぞき込むと、やっとこのうるさくてかわいらしい主君は眠りにおちていた。布団をしっかりと顎までひきあげると、守棟は一礼して部屋から出た。
守棟は皮肉げな笑みを浮かべつつ、白寿丸の頭を撫でた。
「若殿は素直でよいお子ですなあ。しかし世の中には道理で片付かぬことがたくさんあるのです。かんたんに説明すると、父である稙宗がわがままなので、息子の晴宗がとじこめようとしました。すると稙宗が怒って、我が殿や他の大名に助けを求めました。こうして戦が始まりました」
守棟はこののちに"天文の乱"、あるいは"洞(うつろ)の乱"と呼ばれる内紛をざっと簡単に説明した。これをもう少し詳しく説明するとこうなる。
この乱は稙宗の、我が子を用いた外交政策のいきすぎにある。天文十一(一五四二)年から六年間にわたったこの大乱のきっかけは、稙宗が三男・実元を越後上杉家に養子に出そうとしたことからはじまった。この動きに越後の本庄氏が反発したため、稙宗は有力家臣をつけて実元を送り出そうとした。しかし晴宗は、伊達家臣の流出に反対し父を幽閉するに至った。
稙宗は幽閉から脱出、息子を倒すべく兵を集めた。かくしてこの内乱が起こったのである。最終的には息子の晴宗が稙宗を圧倒し、隠居させることで決着がついた。
このとき最上義守は稙宗に味方し出兵、一時は伊達家本拠・米沢城のある置賜地域を征圧、あなどりがたい存在感を示した。その活躍によって、伊達従属下から独立をはたしたのである。
守棟は少し考えこむ顔になった。
(あの戦場の空気、血と肉の腐っていく甘ったるい悪臭、敵を屠る手応え。どう語っても言い尽くせまいな。あと五年もすれば、若殿もそれを味わうことになるわけか)
「なあ守棟、甲冑は着るとどんな感じなのだ?」
白寿丸は黙ってしまった守棟の顔をまじまじと見てからたずねた。
「重たいです、ともかくものすごく重たいのです。そして暑くて動きにくい」
「子どもだと思ってばかにするなよ、そのくらいなんとなくわかる」
「ええ、そりゃあれは鉄の板をぬいあわせたものです。頭で重たくて暑くて動きにくいと、皆わかってはいるのです。でも、実際着てみるとほんとうにはじめはそうとしか思えませんよ。まあそのうち、それでもきびきび歩いたりできるようになりますが」
「でも、甲冑は格好いいぞ。私もはやく自分のものが欲しいなあ。父上はすてきなものを作ってくれるかな」
「ええ、京都の具足師に頼むはずですよ」
「まことか! 私はな、金色に光るきらきらした鎧が欲しい」
義守はこの長男をそれこそ目の中に入れても痛くないほどかわいがっていた。のみならず、常に京都を意識している義守のことだ。息子には当世風の華麗なものを用意するであろうと家臣は皆噂していた。
(問題は甲冑ではなく、どこのどいつと戦うかだな。今の最上では……)
守棟は考えをめぐらせた。これこそ氏家父子の懸案事項、すなわちどこの誰と戦い、どう領土を拡張するかだ。
「それで守棟、父上やおまえははどのように戦ったのだ。その親子喧嘩で?」
守棟はまだ出しっぱなしの筆をとり、紙に地図をえがいた。
「いいですか、ここが山形、そしてこれが米沢です。最上勢は米沢一帯まで兵をすすめました。米沢との間にはいくつか道があります。中でも一番通り抜けにくいのが、上山近辺です。だからここは避けました。そして米沢のある置賜周辺までたどりつき、一時期ですが最上支配下においたのです」
「うーん、なんだかすごそうだなあ。で、守棟は何をしていたのだ。首はとったのか」
「若殿、氏家家は最上家の執事ですぞ。前線での首取りはわれわれの仕事ではありません。帷幄で策をめぐらす。おわかりですか。とはいえ、ほれ、これをごらんあれ」
守棟は右腕をまくった。古い傷痕が肘の辺りにひきつれている。
「ここを敵に抉られまして。そのときは気付きませんでしたが、気が付けば籠手の中に血がたまっておりました」
白寿丸はじーっとその傷を見た。守棟は陣が敵に急襲され、陣幕が蹴倒されたこと、義守を背後にかばって槍をとったこと、そして敵の太刀がかすめたことを語った。いつもより訥々としていて、当たり前だが軍記ものにあるような派手な話ではなかった。
これがまことの戦なのだろうな、と白寿丸は思った。
「それは痛かっただろうな、守棟、父上を守ってくれてありがとう」
白寿丸の短い人生で一番痛かった記憶は、蜂にさされたことだ。槍で刺されたりしたら、もっとずっと痛いのだろうなと彼は思う。
「はは、首を打たれたらもっと痛いし血もたっぷり出ますよ」
守棟はほほえんで袖をもとに戻しながら言うと、白寿丸が顔をひきつらせた。でも彼にも幼い意地があるから怖いとは言わなかった。
「でも若殿の首は守棟が、そして最上の皆が守りますからご安心を」
「うん、たよりにしている」
白寿丸はうなずいて答えた。それからしばらく守棟を質問攻めにしていたが、だんだんと声が眠たげになっていった。返事がないので守棟が顔をのぞき込むと、やっとこのうるさくてかわいらしい主君は眠りにおちていた。布団をしっかりと顎までひきあげると、守棟は一礼して部屋から出た。

